【クレーム対策】カスハラ(カスタマーハラスメント)とは | 最新傾向と8つの対応

クレーム、悪質クレーム、カスハラ

近年、悪質なクレームが社会的に注目されるようになり、「カスハラ(カスタマーハラスメント)」という言葉をニュースで目にすることも多くなりました。

例えば、厚生労働省が2022/2に公開した調査結果では、全国の企業(従業員30名以上)のうち、過去3年間に「ハラスメントがあった」と回答した企業の実に92.7%が顧客からの著しい迷惑行為があったと回答しています。

出典:厚生労働省『カスタマーハラスメント対策企業マニュアル』

また、同調査の労働者側(全国の企業・団体に勤務する20~64歳の男女)の状況としては、過去3年間に勤務先でお客様からの著しい迷惑行為を一度以上経験した者の割合は15.0%であり、既にセクハラ(10.2%)よりも回答割合が高いという結果が出ています。
実際、ニュース等でも頻繁に悪質クレーム・カスハラが取り上げられ、鉄道会社をはじめとした様々な企業がカスハラ対策に乗り出しています。自治体も対策に乗り出しており、東京都では、2024年に全国の自治体に先駆け防止条例案を議会に提出する方針で、同年2月の都議会の施政方針演説では、小池百合子知事が条例化の検討を表明したと報じられています。また、鳥取県では窓口、県民課、県警が連携する対応で既に一定の成果を出しており、2024年6月6日にはプロジェクトチームの初会合も開かれました。
今や、悪質クレーム・カスハラ・カスタマーハラスメント問題は、社会問題になりつつあると言っても過言ではありません。しかし、正当なクレームとの線引きが難しい場合も多く、実効性の担保が課題とされています。


筆者は勤務時代、コールセンターで15年以上、品質管理を行っておりました。大きな時は2拠点で計600名のオペレーターが在籍し、月間20万件のインバウンドと4万件のアウトバウンドの電話対応をしておりました。スタッフだった頃から専任担当に抜擢され、毎月100件近くのクレーム対応をしていましたし、マネージャーになってからは、センターの責任者としてのお客様対応に加えて、再発防止策の構築やオペレーターの教育研修など、様々な取り組みを行って来ました。
電話対応だけでなく、ご迷惑をかけたお客様にお詫びのため夜間に訪問し、怒鳴られながら何時間も対応の不手際を誠心誠意お詫びしたこともあります。

本記事では、このように長年第一線でクレーム対応を行って来た経験を基に、厚生労働省の公開しているマニュアルを読み解きながら、サービス業におけるクレーム対応についての実態と、実践的な対応について、ヒントとなる情報をお伝えできればと思います。

【クレーム対策】カスハラ(カスタマーハラスメント)とは | 最新傾向と8つの対応

発生原因の複雑さ

悪質クレーム・カスハラ・カスタマーハラスメントが社会問題となりつつある一方、不祥事、情報漏洩、製品やサービスの欠陥、従業員のミスや暴言、過剰防衛や喧嘩腰な対応、いわゆるバカッターのような行為など、企業側に問題のあるケースも多く、そういったケースでお客様の怒りを買った場合には悪質クレーム・カスハラとの切り分けは簡単ではありません。明確な瑕疵ではなかったとしても、単純に接客対応のレベルが低過ぎたり、企業の論理による対応で不誠実な印象を与えてしまったりした結果、お客様の怒りを買ってしまった場合も、外形上はカスハラに見えることが少なくありません。
お客様が、必要な情報を分かり易く全部伝えてくれる場合ばかりじゃなかったり、そもそも自分の置かれている状況をちゃんと理解していなかったりする、という問題もあります。プロである企業側がその点を理解し、断片的な情報から全体図を想定し、必要な情報を聞き出せれば良いのですが、そういったレベルの高い対応ができる担当者ばかりでもありません。
その結果、企業側が最初は単なる言いがかりだと思って拒絶しても、後になって、実は自社に大きな瑕疵があると判明し、大炎上になってしまうという可能性もあります。

最近の例では、2024年5月に札幌市の中学校の生徒の個人情報が記されたとみられる書類がネット上に流出したケースがありました。このケースは、4月の記者会見時点では札幌市教育委員会の担当者が「(前略)削除はしっかりしてくれたということで、生徒も重く受け止めてくれていると聞いています」と、見方によっては軽視しているように見える説明をしていました。しかし、その後にX(Twitter)を通じて資料の画像が流出したり、その中に生徒や保護者への誹謗中傷とも思える記述が見付かりました。
2024/6/6時点でも保護者への説明予定は無いとしていますが、いずれにしても、不十分な事実確認と不誠実に見える対応により、ネットやSNSでは多くの非難が寄せられることとなり、初動での正確な事実確認と誠実な対応の重要性を再確認させられた事例でした。

毅然とした対応の難しさ

悪質クレーム・カスハラ問題がこれほど注目を浴びながら、そして、毅然とした対応方針を表明した企業がSNSなどでは概ね支持されているにも関わらず、多くの企業が毅然とした態度でクレームを拒絶できない大きな理由の一つとして、上記のような責任分界点の曖昧さ・複雑さがあります。表面的に目立つお客様の言動の強さや要求のしつこさだけで、悪質クレーム・カスハラだと決め付け、それ以上の対応を打ち切ってしまうことは、スタッフやオペレーターにとっては楽なので、喜ばれるかもしれません。しかし、それは企業側の不足点を見詰める努力の放棄と紙一重であり、安易な対応は企業のサービスレベルを大きく低下させる可能性があることに注意が必要です。
また、毅然とした対応が難しいもう一つの大きな理由として、民間企業にとってお客様とは自社に売上を与えてくれる唯一つの存在であり、その存在に毅然とした態度をとることは、真正面から対決姿勢を示すことであり、その結果売上減少することになりかねないという不安もあります。

加えて、インターネット環境の発達した現代では、消費者は、ちょっとでも気に入らないことがあると、例えば毅然とした態度の部分だけ切り取られてSNSや動画サイトなどに書き込まれたりするリスクもあります。

ノウハウやリソースが少ない中小企業の狙われやすさ

何より大変なことは、お客様は「中小企業だからやめておこう」とはしてくれないことです。
むしろ、相対的に壁が高く、いざとなったら警察への被害届や損害賠償請求など強硬な対応ができる資力のある大企業より、中小零細企業を狙って悪質クレーム・カスハラが行われる場合もあります。つまり、人手も資力も少なく、ノウハウも無い中小零細企業が、このように極めてストレスが高く、専門性を要するクレーム対応を強いられる場合がある、ということです。
もし、小規模の店舗で居座られ、高圧的な言動で要求が通るまで延々とクレームをつけられたら、それだけでも大変な営業妨害になりますが、もしそれで大事な従業員が退職してしまったりしたら、翌日以降の営業にも支障をきたします。なので、その場で明確に確認できないクレームで延々時間を取られそうなら、「今はお待ちのお客様がいるので、終了後に責任を持って対応します」と明確に伝え、それでもなお納得しないなら即警察を呼ぶなどの対応を検討するのも方法です。

『カスハラ(カスタマーハラスメント)』の定義

本来クレームとは、お客様が自社の商品、サービス、接客態度などに対する不満をわざわざ伝えて下さる行為です。不満があれば黙って競合に乗り換えることもできる中で、お客様がクレームを伝えてくれることで企業は改善のヒントを得て、その他大勢のお客様の離反を事前に防げる可能性があります。
しかし、近年問題になっている悪質クレーム・カスハラ・カスタマーハラスメントとは、このようなクレームとは全く異なる不合理な言いがかり、理不尽な要求、執拗な暴言、暴行などにより、従業員の心身に多大なストレスを与え、通常業務に支障をきたすものです。そして、この悪質クレーム・カスハラが社会問題となっている状況を受け、ついに厚生労働省でも対策動画マニュアルを公開するに至りました。

このマニュアルでは、「カスハラ」を以下のように定義しています。

この定義の大きなポイントは、まず「顧客等の要求の内容が妥当性を欠く場合」の例を挙げ、次いで、「要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当な言動」例を挙げていることです。
前述の通り、クレームやカスハラの態様は非常に幅広いうえ、様々な要素が複雑に絡み合っているため、つい、目に見えやすい言動だけで、例えば暴言や威圧的な言動があれば直ちにカスハラと判断してしまいがちです。しかし、もし自社に大きな瑕疵があるのに、それを怒ったからと言って悪質クレーム・カスハラ扱いしているなら、これほど失礼な話しはありません。

顧客の要求の妥当性を判断するには

「顧客等の要求内容に妥当性はあるか」を確認するとは、以下の2点を確認することです。

  1. 自社に原因があるのか
  2. 原因と顧客の要求事項に因果関係があるのか

前者の例は、コールセンターなら録音音声の確認、店舗接客系業務の場合は店内録画データを確認します。もしそれらの録音・録画データが無ければ、従業員から起承転結を細かく聴取して行くことになりますが、いずれにしても、安易に良し悪しを評価せずに、まずは客観的な事実を把握することが重要です。

【事例紹介】
以前、ある公共サービスの電話対応窓口の改善の支援をしたとき、混み合うと、たいして待たせていないお客様からも開口一番で「ふざけるな! 待たせ過ぎだ!」と激怒されるケースが繰り返されていました。
この窓口では当初、開口一番で怒鳴り散らされたり暴言を吐かれるお客様は止めるよう注意し、それでも止めない場合は暴言クレーマーとして切断させていました。

しかし、不思議に思ってIVR(音声自動応答システム)を確認したところ、最初に、「順番に繋ぐのでこのままお待ちください」とアナウンスが流れるのですが、お待ち時間が20分になると自動的に切断される設定だったことが判明しました。待てと言うから20分も待ったのに、用件が解決していないにも拘わらず勝手に切断されるのだから、お客様がお怒りになるのも当然でした。

本来、業務プロセス全体をしっかり検証すれば、IVRの設定を見直す事で、前述の様なクレームを防いで、顧客満足と従業員満足を共に高めることができたはずです。しかし、本例のように手元の対応しか見えていないと、真の原因に辿り着くのが難しくなるので、外形的な言葉の強さで安易に悪質クレーム・カスハラと断じるのは危険です。「このお客様はカスハラだ」と決め付ける前に、まずお客様の声に真摯に耳を傾け、必ず、お客様なりの理由があるはずだという前提で探しに行くといった姿勢が求められます。

端的に説明すると、お客様の立場に立つなら、単に瑕疵の有無だけでなく、購入に要した労力、案内の分かり難さ、スタッフの態度など、待たせられた時間など様々な要素が付加されてクレームが生まれます。
なので、この例のように、単にお客様がご立腹だというだけでクレーマー扱いし、こちらから電話を切るような対応を許してしまうと、案内の分かり難さ、言動、お待たせ時間などについて反省したり修正する必要が無くなるので、その方が現場にとっては楽な訳です。

ですが、公共サービスだったら我慢して使うしかなくても、民間企業だったら、このように誤った形での「毅然とした対応」を許してしまえば、そのお客様は二度と戻って来ることはありませんし、評判に対し深刻な悪影響を与えかねません。
なので、カスハラを抑制して行くことはもちろんとても重要なことですが、同時に、現場が暴走しないように、経営が主導してしっかりとしたガバナンス&とモニタリングの体制を作って行くことも重要です。

既にクレーム化している場合の対応のポイント

とはいえ、既にクレームになっている場合は通常、お客様が酷く感情的になっていたり、自社を信用していただけない状況になっていたり、あるいは、時間や労力をかけたぶん自分の要求を無理矢理でも通そうと強行したりで、お話しが混濁して正確な状況把握ができないまま、要求だけ押し付けられるといったシチュエーションも珍しくありません。

そういった難しいシチュエーションで、事実ベースで妥当性を把握するためのポイントとしては、以下のような対応が挙げられます。

まず、顧客の話しを真摯に聴く

厚生労働省のマニュアルには、「長時間に及ぶクレームは、業務の遂行に支障が生じるという観点から社会通念上相当性を欠く場合が多いと考えられます」と記載されています。確かにそうではあるのですが、上述の通り、複雑な背景の裏で実は自社に瑕疵がある可能性もありますし、一次対応のスタッフがそれを理解せずに拒絶しようとした結果、長時間のクレームになっている場合もあります。

要した時間だけでなく、なぜ長期化しているのか、お客様は何を要望しているのか、なぜそれを要望しているのかについて、真摯に耳を傾けましょう。

真摯に謝罪する

初期段階で、お客様にお時間をいただいていることやご納得いただく対応ができなかったことに対して、いったんお詫びするのが無難です。そうすることで、正当なクレームであればトーンダウンして冷静にご指摘いただける可能性も高まりますし、「ここまで言われなきゃ詫びの一つも無いのか!?」といったお怒りの回避にも繋がります。

なお、この段階では通常、事態の全体像が把握できていないことが大半なので、事実関係に対して謝罪するのではなく、飽くまでもお客様の心情に対して謝罪するというスタンスが望ましいです。

「ご不安を(ご心配を)おかけして申し訳ありません」
「ご不快なお気持ちにさせて、申し訳ありません」
「ご納得のいく対応ができず(ご満足いただける対応ができず)申し訳ありません」

対応者を変える

お客様から上司に代わるように要求されたり、一次対応のスタッフでは手に余ると判断した場合は、速やかに交代や同席を申し出ましょう。会社によっては上司への交代を断るように指導しているところもありますが、個人的にはあまり賛成できません。前述のように複雑なクレームを一次対応のスタッフの判断で対応させるのは危険ですし、「上司と話しをしたい」という要望も、大切なお客様からいただいた貴重なご要望の一つであり、会社方針だからと言ってそれを断るのは失礼だからです。何より、対応したスタッフの離職率が高まる可能性もあります。
とはいえ、上司の稼働が長時間にわたって取られるのを避けるため、上司に交代させられないのであれば、訓練を受けた専門スタッフを「“窓口の”主任」などの肩書で対応させるのも一つの方法です。

そのうえで、上司等に対応を交代したら、お客様の話しのトーンを落ち着かせるために、「正確に事態を把握するため、お客様から直接お話しを伺いたく存じます。重複事項もあるかもしれませんが、その際はご容赦ください」と予め断りを入れるのも有効です。

場所やシチュエーションを変える

店頭に居座られたら、他のお客様も怖がりますし、業務にも支障をきたします。できるだけ、別な応接室や会議室に案内することで、お客様も我に返られて、落ち着いてお話しに応じていただける可能性が高まります。
なお、応接室や会議室に案内する場合は、お客様の目に触れるのが不適切な資料だけでなく、ガラスや陶器でできているもの(灰皿や湯飲み茶わんなど)、重い辞典、硬い掛け時計などが手に触れる距離にないように注意しましょう。

タイミングを変える

お客様がクールダウンしてくれない場合には、「本件は私が責任を持って対応をいたします。ただ、率直に申し上げますと、私もまず事実関係を伺ったうえで、社内確認などをしなければなりませんので、本日この場で会社としてのお返事することはできません」と折り返しにし、対応方針や対応者などをしっかり決め、改めて対応しましょう。

それでもまだクールダウンしない場合は

以下のようなコメントで牽制するなど、毅然とした対応を検討しましょう。

  • 「弊社では、対応状況を正確に報告することになっています。お気持ちは分かりますが、例えスタッフに非礼があったとしても、お客様の言動によってカスハラと判断された場合、それ以上の対応ができなくなります。
    そのような事態になるのは大変不本意なため、恐れ入りますが、弊社の至らなかった点を冷静にご指摘いただくようお願いいたします」
  • 「弊社では、厚労省のマニュアルに沿って対応しております。ご意見には責任を持って対応しますが、大きな声を控えて頂けないようでしたら、速やかに警察に連絡することになっております。
    そのような対応は弊社としてもできるだけ避けたいと考えておりますので、恐縮ではございますが、もう少し穏やかにお話しいただくようお願いいたします」
  • 「大声を出されたり従業員に詰め寄られたりすると、従業員も怖がりますのでお控えください。この点についてご理解いただけない場合、弊社はそれ以上一切対応せず、直ちに警察に報告することになっておりますので、ご承知おきください」

「要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当」への対応について

厚生労働省のマニュアルでは、下記の言動を「要求内容の妥当性にかかわらず不相当とされる可能性が高い」として例示しています。

  1. 身体的な攻撃(暴行、傷害)
  2. 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉棄損、侮辱、暴言)
  3. 威圧的な言動
  4. 土下座の要求
  5. 継続的な(繰り返される)、執拗な(しつこい)言動
  6. 拘束的な行動(不退去、居座り、監禁)
  7. 差別的な言動
  8. 性的な言動
  9. 従業員個人への攻撃、要求

身体的な攻撃、土下座の強要、差別的・性的な言動については、経緯や要求の如何に関わらず悪質クレーム・カスハラであり、即、警察に通報するなど毅然とした態度を取りましょう。
その他のケース、例えば「威圧的な言動」や「執拗な(しつこい)言動」については、判断が難しい場面もあります。そういった場合には、前述の『既にクレーム化している場合の対応のポイント』を応用することで一定の判断は可能です。

なお、中には「会社に落ち度やミスがあるけれど、お客様の言動もあまりに攻撃的過ぎるように感じる」「自社の落ち度やミスに気付かず拒絶するような対応をしたことで、お客様がヒートアップして収まらなくなってしまった」など、判断が難しい場合もあります。

そういった場合には、是々非々で対応することが大原則です。

例え商品に初期不良やお客様への案内ミスがあったとしても、だからと言って、従業員への暴言や暴行は許されません。
「従業員の非礼は深くお詫び申し上げます。それについては社として責任を持って対応します。しかし、従業員への言動は、もう少しお平らにお願いいたします。ご納得いただけないなら、周囲が怖がっておりますので、弊社としても警察に相談いたします」など、毅然とした対応を取りましょう。

悪質クレーム・カスハラへの対策について

まず前提として、事業主は、悪質クレーム・カスハラに対する従業員への環境整備義務があります。
これに対し、厚生労働省が告示している「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」では、以下のような相談体制や被害者配慮の取組み、被害防止のための取組みを行うことが有効と定められています。

実際、甲府地裁平成30/11/13判決では、悪質クレーム・カスハラに対し企業が不適切な対応を取ったことで賠償責任が認められた一方、東京地裁平成30/11/2判決では、対応を十分に取っていたことで安全配慮義務違反による賠償責任は認められませんでした。このような判例を通じても、企業や組織にとって、悪質クレーム・カスハラに対して十分な対応をとることの重要性が理解できます。

こういった事情を踏まえて、厚生労働省では、事前準備および実際に悪質クレーム・カスハラが発生した場合の対応として、以下の取組みを推奨しています。

  1. 事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発
  2. 従業員(被害者)のための相談対応体制の整備
  3. 対応方法、手順の策定
  4. 社内対応ルールの従業員等への教育・研修
  5. 事実関係の正確な確認と事案への対応
  6. 従業員への配慮の措置
  7. 再発防止のための取組み
  8. 上記の措置と併せて講ずべき措置

以下、ポイントをお伝えいたします。

事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発

悪質クレーム・カスハラ・カスタマーハラスメントへの対応は、ビジネスの相手であり、自社に売上を与えてくれている相手と真っ向から対決することと紙一重の取り組みです。現場へ丸投げにならないように、事業主により基本方針・基本姿勢を明確に示すことが重要です。

なお、厚生労働省では以下のような例を挙げています。

お客様に対する真摯な気持ちと従業員に対する配慮がバランスよく盛り込まれた基本方針なので、こちらを参考にしても良いでしょう。

また、このような基本方針は、社内だけでなく、店舗内やWEBサイトなど、お客様にも見える場所に掲示することも有効です。そうすることにより、理不尽なクレームには抑止力になりますし、一定の限度を超えた場合には企業側から「全社的に定めた基本方針に沿って上司に報告し、組織的に対応いたします」と伝えることもできるようになります。

従業員(被害者)のための相談対応体制の整備

基本的には、日頃から現場の状況に精通している直接の上長や管理監督者が相談対応を担うことが考えられます。しかし、上長や管理監督者と言えども手に余ることはあります。そのため、人事や法務などの社内部門や、経営層や顧問弁護士などの外部とも連携できる体制を講じておきましょう。

また、社外の専門家とも連携し、相談対応者に対して悪質クレーム・カスハラに対する研修を受けさせたり、ロープレを通じて対応スキルの向上を図ったりすることも重要です。
身近に専門家がいらっしゃらない場合は、当社でも対応可能なので、お気軽にご相談ください。

対応方法、手順の策定

業種、業態、企業文化、お客様との関係性などにより対応方針は変わりますが、いずれの場合でも、予め会社としての対応基準や対応方針を予め決めておく必要があります。

原則的な方針として、以下の5点は欠かせません。

  1. 録音・録画などを行う(お客様に通知することも有効)
  2. 複数名で対応し、対応者を一人にさせない(特に客先への訪問の場合)
  3. 深刻な場合には現場の責任者に対応を交代する
  4. 連絡網やヒアリングシートなどのツールを整備する
  5. 具体的な対応基準を共有する(例:10分過ぎたら店長に報告する、30分過ぎたら店長が本部報告を検討する)

例えば2024/5/4の日テレNewsで報じられたタクシー内の暴言・暴行や、2024/6/3にFNNで報じられた店員に掴みかかってラーメンを店内にぶちまけた迷惑客などの衝撃的な例は、いずれも、録画データがあったから被害が明確に分かったことに注意が必要です。録音も録画も何も無い中で、お客様から「店員が先に暴力を振るって来た」などの主張をされたら、いかに荒唐無稽な内容であっても、自分が暴力を振るっていないことを客観的に証明するのは困難です。そうならないためにも、上記の1~3(特に1)は必ず実施しましょう。

また、小規模店舗やFCの場合など、営業時間によっては責任者不在の場合もあると思いますが、そういった場合には現場従業員がどのように対応するか、基本的な対応方針を周知しておくことも重要です。

なお、具体的なクレームの対応としては、長時間拘束、リピート(理不尽な要求を何度もしつこく要求する)、暴言・誹謗中傷、威嚇・脅迫、店外呼出し、暴行など、様々なものがあり、中には、現場ではそれと判断するのが難しい例もあります。
そういったケースには一定の対応基準を定め、それを超えたものに関しては本部、弁護士、警察などに相談するのが良いでしょう。この基準さえ明確であれば、責任者不在の場合であっても同じ基準に沿って同じ対応をすることが可能です。なお、可能であれば、WEBサイトや店舗内に、顧問弁護士名や「警察巡回所」といった掲示をしておくことも有効です。

社内対応ルールの従業員等への教育・研修

悪質クレーム・カスハラに対応できるように、日頃から研修などを通じ従業員への教育を行います。研修や教育は、可能な限り非正規雇用も含めた全従業員が定期的に受講するようにします。

教育内容としては、以下のようなものが考えられます。

  1. 前述の経営からの基本方針や基本的な顧客対応の仕方、エスカレーションのポイントなど
    活動の背景や目的、経営のコミットメント、お客様も大切だが従業員も同様に大切な存在であることなどをしっかり伝えたうえで、顧客対応やエスカレーションポイントについて解説しましょう。
  2. 従業員への推奨行動例と非推奨行動例
    いかに経営から強いコミットメントがあったとしても、時給1,000円前後のアルバイトまで全員にそういった行動を全て徹底させることは、現実的には困難です。そのため、最低限これをして欲しい、これだけは止めて欲しい、といった具体的な行動例を挙げ、従業員がそれを守ってくれたら会社も従業員を守れるというラインを伝えましょう。
  3. 本来、クレームとは顧客の立場から商品やサービスの改善のヒントを提供していただく貴重なチャンスであること
    悪質クレーム・カスハラにフォーカスし過ぎると、つい、正当なクレームまでクレーマー扱いしてしまいやすくなるため、基本的な考え方を継続的にリマインドして行くことは重要です。

事実関係の正確な確認と事案への対応

繰り返し伝えて来た通り、実際にクレームが発生してしまったら、正確な事実の把握が極めて重要です。表面的なお客様の言動の強さに引っ張られないように注意をしながら、丁寧な事実確認を心掛けましょう。

基本的には、録音や録画で確認できるのがベストですが、それが難しい場合には、商品やパッケージの状況、お客様や従業員などからのヒアリングをもとに事実確認して行くことになります。
ヒアリングの場合、お客様が冷静さを失っていることに引っ張られると、自分まで冷静な判断が難しくなり、うっかり失言でもしようものなら、揚げ足を取られて更にややこしくなります。とはいえ、対応する人も人間なので、お客様のペースで対応し続けていたら事故を起こす可能性も高まります。そうならないように、途中で「スタッフに失礼があったなら、それは心からお詫び申し上げます。ただ、事態の正確な把握ができなければ、会社として適切な判断ができません。そのため、まずは時系列で何が起きたか詳しく説明いただけますか」などとトーンのリセットを試みましょう。

また、それでも全く本題に入れないのであれば、前述の「既にクレーム化している場合の対応のポイント」を参考に、落ち着いて会話してもらえるようにしましょう。

従業員への配慮の措置

悪質クレーム・カスハラの内容が、暴行やセクハラに該当する場合は、警察に相談することはもちろん、原則として医療機関にも受診させます。特に暴行の場合、その場ではアドレナリンが出ているので何ともないように感じても、事後時間が経ってみると腫れや痛みが出て来た、といったケースも少なくありません。また、身体的な怪我は無くても、服や装飾物が汚破損などしている場合もあり、それが背中だったりするとなかなか気付けません。そして、そういった損害を後日になってから責任を問うても、因果関係を証明するのは困難です。

なお、警察への被害届は時間がかかるからと敬遠する方もいらっしゃいますが、警察に被害届を出すと、対応主体がそれまでの『会社 vs お客様』から『警察 vs お客様』に変わるため、捜査協力のために一定の時間は捕られますが、進捗とともに手離れする可能性が高いことは大きなメリットです。

また、場合によっては、警察、病院、職場から帰宅するときに、一人で帰らないようにタクシー代を補助したり、一定の決着がつくまで会社近くのウィークリーマンションを確保するなどの配慮も検討します。従業員個人への嫌がらせが深刻な場合には、都道府県の迷惑防止条例の『つきまとい行為(埼玉県の場合)』として相談しても良いでしょう。

また、悪質クレーム・カスハラの度合いが酷い場合、従業員によってはメンタルヘルス不調となるケースもあります。そういった場合には、産業医などの専門家と連携するとともに、日頃から定期的に従業員の話をよく聞き、ストレスチェックを行うなどし、心の健康を維持するように配慮しましょう。

再発防止のための取組み

発生した事案が解決しただけでは、最悪の場合、同じことが繰り返される可能性が残ります。
そのため、目の前の問題が解決したなら、以後同様の問題が発生しないように、運用の改善や従業員の教育を行っていきましょう。

具体的には、以下のようなことが考えられます。

  1. 経緯報告書の部門管理者への共有
  2. 朝礼・夕礼などで全従業員へのポイント共有
  3. マニュアルや研修への反映
  4. ロープレや勉強会への組み込み
  5. 管理職研修への組み込み(感想文提出など)

会社組織の場合、人の入れ替わりもありますので、時間の経過とともにどうしても被害の深刻さが薄れて行ってしまうことは仕方がないことです。そのため、悪質クレーム・カスハラの被害が一度でも発生したら、既存の対応フローが正しく機能したかをプロセス毎にしっかりチェックをして、業務フロー、マニュアル、教育・訓練などに反映させていくことは欠かせません。

上記の措置と併せて講ずべき措置

悪質クレーム・カスハラが発生した場合を想定して、予め従業員からの情報収集・相談の方法を整理しておく必要があります。

具体的には、以下のようなことが考えられます。

ハラスメント発生状況の迅速な把握

組織的に対応するためには、初報と、それに応じたファーストアクションまでは自動的にできるように、フローをしっかりと固めておくと良いです。もし、すぐに鎮静化したとしても、それはフローが正常に機能しているということであり、全く問題がありません。むしろ、顧客対応スタッフが困ったらすぐに発信できるようなフローを作り、周知していくことが重要です。

例えば、情報の共有範囲、対応レベル、連絡内容(例:日時、発生部署、担当者、概要、現在の状況)、当面の対策状況、など共有する情報を決めておくと迅速に対応できます。

継続的な記録・管理

入力システム、入力内容、確認フロー、対応基準など。
現場から情報が発信されたら、それをストックし、その後の対応や最終的なクロージングまで、しっかりと追っていける仕組みを作ります。比較的安価に使えるCRMシステムなどもありますが、どんなシステムが良いか分からなければ、まずはワードやエクセル、あるいは紙の帳票でも良いので、まず蓄積できる入れ物を作り、入力する内容、上長や各部門の確認フロー、対応基準やクローズ基準などのルールを整備しましょう。

弁護士、専門家やコンサルタント、他社事例などの外部情報

社内だけでリスクを全て潰すことは不可能なので、社外から積極的に情報を収集し、蓄積するようにしましょう。
ポイントは以下の通りです。

  1. 弁護士
    発生時の対応相談だけでなく、マニュアルや社内規定などを事前にチェックしてもらい、事前に潜在リスクの洗い出しやリーガルチェックをしておきましょう。
  2. 専門家やコンサルタント
    体制構築、対応フローの策定、ルールやツールの作成、会議運営などの他に、実際の対応を想定したロープレや避難訓練などの支援を依頼しましょう。
    もし身近にいなければ、当社にて支援することも可能です。
  3. 他社事例
    他社の取組み、教育や研修などのプログラム、最新のテクノロジーなどの情報を集め、自社の悪質クレーム・カスハラ対策に使えるものを取り入れて行きましょう。
    仲の良い事業者で集まり、情報共有や勉強会を行うなど、協働対策をすることも有効です。

シチュエーション別対応

その他、質問を受けることが多い事項について、方針をお伝えします。

「組織的に対応する」とは、具体的にどういうことか?

確認した事実に基づき、会社としての対応方針を確定したうえで対応することです。
ポイントは顧客対応を事実確認、方針決定、回答の3フェーズに別けて行うことであり、新たな事実が確認できない限りは「納得いただけなくても、会社としてこれ以上の対応はできません」となります。

会社に乗り込まれた、会社に居座られた、などの場合はどうする?

顧客対応をする場合は、必ず、男性がお客様より多い人数で対応し、毅然とした姿勢を崩さないようにしましょう。稀に、若い女性従業員を全面に出せばクレーマーも乱暴な対応に出れない、といったことを言う人もいますが、乗り込んだり居座ったりするケースは非常に深刻であり、相手の職業や社会性などが分からない段階で若い女性を前面に出すのは危険です。男性なら安全という訳ではありませんが、最悪の場合を考えるなら、男性の方が無難です。

家や会社に来るように要求されたらどうする?

何があるか分からないので、原則としてはお断りし、自社に瑕疵があり面談自体は避けられないなどでも自社にご招待して面談しましょう。ただし、例えば住宅系サービスなどのように自宅訪問しなければ確認自体ができない場合には、上記のように男性が複数人で訪問するようにしましょう。

SNSやネットに書き込まれたらどうする?

ナーバスになる人が多い話しですが、自社の商流にSNSやネットが無く、書き込みも他にほとんど無いなら、そのままそっとしておくのも一法です。また、対応する際も、その書き込みに直接反論すると更に執拗に書き込まれる場合があるので、飽くまでそれを見ている第三者がターゲットであることを前提にして、自社の責任範囲、対応方針、場合によっては「強くお叱りを受けたことで従業員が怯えているので、今後の対応は営業部長の●●に集約します」といった内容を、丁寧に説明し、それ以上の書き込みには応じないようにしましょう。
※詳細は、こちらの記事を参考にして下さい。

弁護士や警察にはどのタイミングで相談する?

弁護士については、事案発生後にはじめて助言や交渉解決を依頼したという方がいらっしゃいますが、一定の頻度でクレームが起きている場合などは、事案発生前から顧問契約し、予防対策に取り組む方が無難です。事案発生前なら、緊急性に追われることも無いので、マニュアルや業務文書のチェックなど事前対策にもある程度時間をかけることができますし、WEBサイトやパンフレットで顧問弁護士として紹介するだけでも、一定の抑止力になります。

警察は、原則としては被害が発生した後であり、かつ、事件性があると判断した場合でなければ、なかなか動いてもらえません。しかし、例えすぐには動いてもらえなかったとしても、事業への影響が深刻な場合などは、手間がかかっても継続的に事前相談を行い、相談記録を残しておくことが重要です。

具体的には、以下のようなアプローチが考えられます。

  1. 兆候があった段階で事前相談
    明確な暴力では無かったとしても、明確に断っても長時間居座ったり、何度も来店したり、大声で怒鳴ったりといった態度があった段階で、その都度、所轄警察署の生活安全課に相談を積み重ねておきましょう。
  2. 複数での警察訪問
    警察に相談に行く際には、可能であれば、実際に顧客対応した従業員、商工会の防犯係、懇意の議員など、複数名で警察署を訪問すると良いでしょう。
  3. 警察の動きが鈍い場合は県議会議員への相談や刑事告訴を検討
    警察も人間ですし、事業に甚大な影響が出ていることや従業員の恐怖が深刻であることが伝われば、暴行や脅迫のような刑法上の犯罪に該当しなくても、相手方に注意したり、一定期間は巡回してくれたり、といった対応により事件化の予防に協力してくれる場合もあります。しかし、こちらが言動に対し深刻な恐怖を感じていても、身体や財産への具体的な被害が出ない限りは、動いてくれないように見える場合もあります。もし、警察の動きが余りに鈍いように見える場合は、都道府県議会の警察担当議員経由で警察に確認を入れてもらうと効果的です。
    なお、単なる注意ではなく早急に捜査を開始して欲しいという場合は、警察に対して刑事告訴手続きという方法もあります。しかし、刑事告訴により捜査はされたとしても必ず逮捕されるとは限りませんし、逮捕されなければ、相手は自分の言動が問題無いとお墨付きをもらったと判断し、益々酷くなる可能性もあります。そのため、今は刑事告訴すべきタイミングなのか、他により効果的な手段は無いのか(例:弁護士からの警告など)、必ず専門家に相談しましょう。

まとめ

今回、少々ボリュームの多い記事となりましたが、これでもまだ、全ての悪質クレーム・カスハラをカバーできている訳ではありません。また、悪質クレーム・カスハラについては、悪質クレーム・カスハラをする側のマニュアルが作られたり、少し古いですが書籍として発売されているものまであり、次々に新しい手口や言い回しが出て来るため、それら一つ一つに対し予め全ての対策を用意することはできません。

重要なことは、以下の3点を確実に実施することです。

  1. 経営理念と整合した、原理原則となるブレない対応方針を作る
  2. 従業員を継続的に教育し、必要な権限を与え、常に見守ってあげる
  3. 体制の構築、業務文書の整備、検討や審議のルール作りなど『組織的な対応』を行う

また、上記を徹底するためには、経営のリーダーシップが絶対に不可欠です。
大切な従業員を守ることは企業の重要な使命ですが、そのために、売上をもたらすお客様との対決も辞さないというギリギリの判断をするためには、主管部門による緻密な対応も重要ですが、経営の断固たる決意が何よりも重要です。
本記事を参考に、貴社のクレーム対応がより良いものになれば幸いです。

著者のイメージ画像

花村広報戦略合同会社
花村 憲太郎(Kentaro Hanamura)

15以上の仕事を経験後、サービス業のカスタマーケア部門のマネージャーとして、従業員教育や顧客満足度の向上に関わる各種施策を担当。平行して、中小企業診断士としてスモール・ミドルへのコンサルティングを経験。その後、自社と社外の任意団体で広報を担当し、プレスリリース、記者会見、メディア対応などを実施。 社内外での広報PRと経営の支援を通じ、広報戦略と経営戦略との一体的な対応により、自社の魅力を継続的に社内外に伝えることが重要であるとの想いを強くし、起業に至る。