カスハラが発生したら? | 退職を防ぐ、組織的対策の6つのポイント
2024年8月27日、東京商工リサーチが「企業のカスタマーハラスメント」に関するアンケート調査において、カスハラを受けたことがある企業のうち、実際に休職や退職が発生した割合は13.5%であると発表しました。
実際には、休職や退職の手前で、モチベーションや集中力の低下など、職場に対してネガティブな状況を辿りながら休退職に辿り着くことや、それまで投下した採用教育のコスト、「カスハラが原因で●●さんが辞めたっちゃ」というネガティブなメッセージが社内に広がるインパクトを考えると(それを会社が守ってくれなかったという邪推が広がる可能性もある)、外形的には1割強であっても、内実の影響は甚大です。
ちなみに、同じ「企業のカスタマーハラスメント」に関するアンケート調査では、カスハラを受けた従業員の取った行動のうち、最も多かったのは「社内の上司に相談した」と、実に半分近くであり、上司・管理監督者の役割の大きさがうかがい知れます。
しかし、では組織として何か対策を講じているかというと、同じアンケートの中で実に7割超が「特に対策は講じていない」となっており、顧客対応の最前線にいるスタッフの方々も、そのスタッフから相談される上司の方々も、そのほとんどは組織からの支援が無い状況下で、個人の知識や経験で乗り切られている状況がうかがい知れます。それが仕事だと言えばそうなのかもしれませんが、クレームやカスハラへの対応は、本当に大変な仕事なのだと、改めて実感せずにはいられません。
カスハラやハードクレームに起因した退職について筆者は、勤務時代にオペレーターから、「ハードクレームの対応は嫌だったけど、それよりもっと嫌だったのは、上司や会社が守ってくれなかったことです。私は何度も相談したけれど、会社は何もしてくれなかったので、自分を守るために仕方なく退職するんです」と言われたことが、今でも忘れられません。
当時は、相談されたらちゃんと話しを聴いているつもりでしたが、それだけでは全く不十分であり、従業員を守るための組織的な対策が必要だと、強く思い知るきっかけの一つでした。
今回は、上記のような調査結果や実体験を踏まえて、ハードクレームやカスハラによる退職を防ぎ、従業員を守るための組織作りについて解説します。
カスハラが発生したら? | 退職を防ぐ、組織的対策の6つのポイント
実際にカスハラが発生した時に組織がすべきこと
前述の通り、カスハラを受けた従業員は1割以上が休退職にいたるなど、企業にとっても従業員にとっても、極めて深刻な悪影響があります。
人間は、仕事やその他のことで決定的に嫌な体験をすると、その体験を一般化して考えることがあります。カスハラに遭うと「カスハラは嫌だな」が「顧客対応は怖いな」になり、やがては「こんな仕事はもうしたくないな」となりかねません。また、上司や組織の助けを得られないと、「誰も助けてくれないんだ」が「次もどうせ助けてくれないんだろう」となり、やがては「こんな会社にいてられるか」となりかねません。
このような事態を防ぐため、組織作りの前にまずは、実際にカスハラが発生してしまったときの対応を解説します。具体的には、「(物理的な)安全の確保」と「精神面への配慮」が挙げられます。
安全の確保について
現に今カスハラが発生している場面に遭遇してしまったら、速やかに介入を図り、お客様と従業員を物理的に切り離すことで安全を確保しましょう。
具体的には、以下のような対応が考えられます。
複数名での対応(1人では対応させない)
高圧的な言動で理不尽な要求をゴリ押しして来るようなカスハラに対し、1人で対応させることは、例えベテランであっても大きなストレス・プレッシャーとなります。カスハラが発生していると気付いたら、速やかに複数名で対応するようにしましょう。
また、カスハラをして来る相手が1人だけとは限りません。そのため、できる限り、相手よりも多い人数で対応するようにし、それが難しい場合であっても、近い人数で対応すると良いでしょう。
上司や先輩への交代
複数名を割けない場合には、上司や先輩に交代しましょう。
具体的には、それがカスハラだと判断したのであれば、いちいち顧客の了解を取らずに、「主任をしている●●と申します。ここからは私が対応します」と一気に交代してしまいます。また、“交代”であり、一緒に対応するのではないので、カスハラに遭っていたスタッフは速やかに非難させます。ここで「まて、また一から説明させるのか」「あいつの対応に文句を言ってやっていたんだから、本人がいなきゃ話しにならないだろう」などと言ってくる相手もいます。しかし、そのような場合であっても、「本件は私が責任を持って対応いたします。恐れ入りますが、間違いが無いようにご要望は改めて確認させてください」「失礼があったならお詫びのうえ、後ほど本人には私から指導いたします。ただ、本人は怖がっておりましたので、直接の対応はご容赦ください」など、毅然とお断りします。
警察や警備担当者への連絡
胸倉を掴んだり体を押したりする、従業員に直接触れるのではなくても建物・器物・商品を殴ったりする、土下座を要求する、といった行為に及んでいる場合には、速やかに警察に通報したうえで、相手にもその旨を通告します。
また、そのような行為には及んでいないが高圧的に見える場合、スタッフが明らかに怖がっている場合などは、警備担当者から「警備担当の●●と申します。少し大きな声が聞こえましたが、大丈夫でしょうか?」など声をかけることで牽制するのも一法です。
精神面への配慮について
物理歴に従業員とカスハラを切り離したとしても、カスハラに遭った以上、その従業員は強いストレスやプレッシャーを受けています。そのため、それらに対する精神面への配慮や、場合によっては身体面への配慮を行います。
ちゃんと休憩を取らせ、場合によっては有給を使ってもらう
本人が「大丈夫です」と言っていたり、実際に外形上は問題無いように見えていたりしても、実際には強く緊張していたりするものです。私自身、今でもクレームやカスハラの現場に出会うと、動悸が強まるのを感じます。
そのため、例え本人が「大丈夫です」と言っていたとしても、カスハラ対応をした後は、必ず休憩を取らせ、場合によっては早退させても良いでしょう。
周囲も、会社や上司がそういった配慮をしているのを見て安心します。
医療機関を受診させる
胸倉を掴まれた、胸をドン!と押された、殴られた、といった暴力的な行為があった場合は、原則として医療機関を受診させましょう。その場では興奮して痛みを感じにくくなっていたとしても、怪我をしている可能性はあります。また、身体的な怪我は無かったとしても、精神的に大きなダメージを受けている場合もあるので、必要に応じメンタルヘルスについても受診してもらうようにしましょう。
服や持ち物に汚破損が無いか確認する
従業員の服や持ち物に汚破損が発生していないか確認し、発声している場合は必ず写真を撮り、日時、場所、撮影者、撮影状況などのメモとともに記録に残しましょう。
信頼できる従業員に付き添ってもらう
カスハラに遭った従業員仲が良く信頼できる従業員にしばらくの間付き添ってもらったり、家まで送ってもらったりできるなら、そうしてもらいましょう。
なお、カスハラの相手、状況、内容などから、待ち伏せや付きまといの可能性が危惧される場合には、絶対に一人で帰宅させてはいけません。タクシーを使ったり、可能な限り男性従業員が付き添って、衆目の途絶えない明るい大きな道を通って帰ったり、場合によっては警察に相談したりしましょう。
会社としての対応方針を伝える
カスハラをした相手に対し会社として止めるように通告した、入店禁止とした、文書で警告をした、場合によっては警察や弁護士に移管した、といった会社としての対応方針を従業員に伝えましょう。
これにより「会社がしっかり守ってくれた」という信頼感となります。
なお、上記の様な対応については、具体的な判断基準や対応フローをマニュアル化し、従業員が対応できるように教育や訓練をしておかなければ、突然発生するカスハラに対して、スムーズに複数名対応や上司対応に移行したり、適切なタイミングで警察や警備担当者に連絡したり、といったことは困難です。
もし、カスハラ対応の判断基準や対応フローのマニュアル化、従業員の教育や訓練について、専門家にご相談をご希望の場合は、お気軽にご相談下さい。
カスハラによる退職を防ぐための組織の作り方
ここまで、不幸にしてカスハラが発生した場合の対応について解説して来ました。
発生した場合の対応と同じように重要なもう一つのことが、普段からしっかり組織としての仕組みを作って行くことです。
具体的には、以下の6点の取組を通じ、退職しない組織を作って行きます。
体制と役割を明確化する
スタッフとマネージャーだけでなく、誰がナレッジやドキュメントを整備するのか、現場で判断に迷った場合にはどこにエスカレーションするのか、誰が何に責任を持ち、どのような権限を有しているのか、といった会社全体の体制や役割を明確にします。
この時、カスハラの原因は製造から販売まで広範にわたることがあるため、統括責任者は役員クラスにすることをお勧めします。
心理的・物理的に孤立しないように、相談窓口を作り、従業員に周知する
東京都カスハラ防止条例では事業者に相談対応を求めていますし、厚労省のカスハラ対策マニュアルでも、通常の相談対応の他に、メンタルヘルス不調への相談対応を求めていることから、カスハラを気軽かつ手軽に相談できる窓口を作ることは、極めて重要です。
この時、通報窓口、医療や法律などの面での相談先は、原則として事業から独立させるようにしましょう。
マニュアルを作成し、研修やトレーニングを行う
東京都カスハラ防止条例でも厚労省のカスハラ対策マニュアルでも、カスハラ対応についてマニュアルの作成を求めており、特に厚労省のカスハラ対策マニュアルでは、マニュアル化に加えて従業員に研修することも求めている通り、マニュアルの作成と研修やトレーニングは極めて重要です。これが無ければ、現場のスタッフやマネージャーが個人の経験やスキルに基づいて対応するしかなくなりますが、それではカスハラに遭った従業員のストレスやプレッシャーが非常に大きくなってしまいますし、組織防衛の観点からも、望ましくはありません。
なお、マニュアルを作る時は、必ず、具体的な基準とアクションを定めるようにしましょう。何らかの事情でどうしてもそれが困難な場合でも、何をトリガーに、どこにエスカレーションをして、いつまでに、どういった範囲で回答すると範囲を定めるなど、極力具体化します。曖昧な表現だと、結局現場で判断に迷い、具体的なアクションを講じることができないままカスハラに晒され続けることになりかねません。
情報の共有、分析、活用を行う
不幸にしてカスハラが起きてしまったら、必ずそれの情報を記録し、社内の関連部門に共有し、分析・活用しましょう。
その場はなんとか収めたとしても、隙を残したままでは、最悪の場合、他の顧客からまたカスハラをされる可能性があります。そのため、今回の対応~クロージンズまでのながれを、他の従業員でも対応できるようにマニュアルなどに反映させると共に、商材、販促物、業務フロー、接客などをしっかり見直し改善点を探します。
普段から見守り、声をかけ、話しを聴いてあげる
カスハラの影響は、傍目には気付きにくい状態で、長く時間をかけてじわじわとダメージが広がって行くこともあります。例えば、暴力や脅迫、インターネット上での誹謗中傷やつきまといといった強度の高いカスハラではなくても、自分の要望が通らない場合に舌打ちをされる、「使えねーな」や「馬―鹿」といった心無い言葉を投げかけられる、といったことが繰り返されると、気が付かないうちに精神的に消耗し、それでも無理をした人が燃え尽きてしまったりします。そのようなことにならないように、従業員が消耗していないか、普段からちゃんと見守ってあげるようにしましょう。
具体的には、遅刻、欠勤、ミスの増加、笑顔の減少、口数や反応の低下、よく1人でぼんやりしているといった行動面でのサインや、服装や髪型の乱れといった外形的なサインがあれば、声を掛けてあげます。場合によっては、自分よりももう少し関係が近い同僚などから声をかけてもらっても良いでしょう。
責任者は、誰もが、どんな事でも、恐れずに伝えられる組織的文化を作る
カスハラ顧客の中には、些細なことを取り上げて、「なぜそんなことを言うんだ!?(または、なぜそれを言わないんだ!?)」「お前の態度が悪いことに腹を立てているんだよ!」などと、従業員個人を執拗に非難するひともいます。そのようなことをされると、いかにそれがカスハラであっても、当事者である従業員は、真面目な人であればあるほど、「自分のミスが原因になっているのではないか」などと思い悩むことになりますし、実際、従業員の言動を発端に爆発してしまった例もあると思います(それでも、カスハラと呼べるような極端な対応は受け入れるべきではありません)。
そのため、責任者は、「例えどんなミスが原因になっていたとしても、相談してくれたら、必ず一緒に対応する」といったメッセージを従業員に繰り返し伝え、自ら声を掛け、組織文化を作って行くことが重要です。そのような対応をすることで、やがて周囲の従業員の中にも、同僚の状況や相談に対し配慮しようとする文化が生まれて行きます。
まとめ
今回は、カスハラによる退職を防ぐために、発生時の対応と、組織作りについて解説をしてきました。
カスハラやハードクレームへの対応は、従業員に大きなストレス・プレッシャーをかけます。にも拘らず多くの方々がしっかり対応しようとされることで、そのようなストレス・プレッシャーを抱え込み、そして、組織からの支援が得られないまま、やがて燃え尽きて去って休退職を余儀なくされることもあります。これは、冒頭で書いたような採用育成に投下したコストの面からだけでなく、仲の良かった仲間が理不尽なカスハラで職場を去らなくなってしまうことは、本当に残念なことです。
今回ご紹介した対策の中には、一人で対応をさせないことや、見守り、声を掛け、話しを聴いてあげることなど、部課長やマネージャーなどの権限が無い一般従業員でも、今日からできることがあります。ぜひ、こういったことを今日から、まず自分から始めて、それと並行して組織作りを行って頂ければと思います。
マニュアル作成、教育や訓練、組織体制の構築、その他今回解説したことについてご相談を希望の場合は、お気軽にお問い合わせください。