カスハラ対応事例 堂々巡りにさせない、交渉打ち切りの5ステップ
企業のクレーム対応研修では、要望に応じられない場合には、「●●はいたしかねますが、▲▲であればお受けできますので、こちらでご了承いただけないでしょうか」などと代替案を提示するように指導されることが少なくありません。確かに、お客様のご要望にできるだけ応えようとする姿勢は、クレーム対策という面だけでなく、顧客満足度向上の観点からも極めて重要です。
しかし、悪質なクレームやカスハラの場合は、こういった代替案は意味を成しません。彼ら彼女らのゴールは、自らの理不尽な要求を貫き通すことや、企業やその担当者にダメージを与えることなので、どんなに誠実に代替案を提示しても、多くの場合は、「そんなことは聞いて無い。こちらが言った通りにやれ!」と振り出しに戻るだけです。
あからさまな暴力行為に及ぶのであれば、早々に警察を呼ぶことも可能です。しかし、こちらの些細なミスをあげつらいながら、一件平常な態度で、こちらが折れるまで延々と理不尽な要求をされたりしたら、なかなか警察を呼ぶこともできません。こういった悪質なクレームやカスハラに対して、納得いただけるまで代替案を講じようとすれば、従業員は酷く疲弊してしまいます。また、こういった全く生産性の無い対応に要するコストは、商品やサービスの対価として無関係な多くのお客様が負担することになるので、理不尽そのものであり、顧客満足度を低下させるという意味では企業にとって二重の被害です。
そのため本コラムでは、悪質なクレームやカスハラの対応における、電話の切り方/交渉の打ち切り方を解説いたします。
カスハラ対応事例 堂々巡りにさせない、交渉打ち切りの5ステップ
交渉打ち切りまでの全体像
上記の通り、悪質なクレームやカスハラで突きつけられる様々な質問や要求に対しては、例えこちらに正当な回答があったとしても、その回答をお客様に納得いただけるまで説明することで交渉を終息させようとするのは、全くお勧めできません。
一方、上記の様な堂々巡りが嫌だからと言って、強引に対応を打ち切ってしまっても、他の担当者のところに行って同じことを繰り返されるだけです。ヒアリングが不十分な場合には、少し気が強いお客様の正当なクレームへの対応を打ち切ってしまい、お客様の離反を招くだけでなく、サービス改善の機会も失ってしまう可能性があります。
そのため、対応を打ち切るときには、以下のステップを積み上げながら、正当なクレームには誠実に対応し、カスハラは毅然と拒絶することが重要です。
ステップ1. 事実関係とご要望を把握する
ステップ2. カスハラに該当するか否かを判断する
ステップ3. 組織として回答を伝える
ステップ4. お客様に選んでいただく
ステップ5. 対応を打ち切る
以下、それぞれのステップを具体的に解説いたします。
事実関係とご要望を把握する
影響が軽微な場合は、一つ一つ事実確認をせず(お客様に確認のご負担をかけず)、お客様を信用して対応する、という選択もあります。しかし、悪質クレームやカスハラと判断して対応を打ち切るのであれば、外部に拡散されることも想定し、ご要望と事実関係の把握は不可欠です。
対応の初期段階では、正当なクレームでありながら気の強いお客様が激怒されているのか、不当要求やカスハラに該当するものなのか、どちらに該当するか判断が難しいグレーゾーンなのか、なかなか見分けがつけられません。そのため、お客様がお怒りで、外形的にはカスハラに見えたとしても、まずはしっかり話しを伺い、なぜお怒りなのか、ご要望は何なのか、把握するようにしましょう。
クローズドクエスチョンで事実関係を確認する
クローズドクエッションとは、YES or NOで回答できる質問です。内容が限定されるため、相手にとって回答しやすく、確認がスムーズに行えるのがメリットです。具体的には、お客様のお話しを傾聴し、以下の様に整理や要約を行いながら事実関係を確認して行きます。
- 窓口で担当者が●をしたことに対し、補償を求められているのですね?
- お客様は▲のために■円で●を希望されているということでしょうか?
オープンクエスチョンでご要望を深掘りする
クローズドクエッションは使い勝手が良い反面、繰り返すと詰問のような印象を与えるため、「俺を疑っているのか?」「細かいことは良いから、言われた通りにやれ!」などと回答を拒絶され、話しが先に進まない場合もあります。そのため、目的や具体的内容を掘り下げる場合には、内容を制限せず自由に回答できるオープンクエスチョンが有効です。具体的には、「なぜ」「なにを」「どうしたい」を中心に以下のような問いかけを行い、ご要望を深掘りして確認します。
- 恐れ入りますが、補償を希望されているご理由を教えていただけますでしょうか?
- 今回、様々なご要望を伺いました。もちろん、急ぎ検討しますが、お客様が最優先での対応を希望されているのは、どのようなご内容でしょうか?
- 間違いがあってはいけませんので、伺った経緯に対しどのようにされたいか、ご希望を伺えますでしょうか?
カスハラや不当要求に該当するか否かの判断を急がない
外形的にはカスハラに見えても、実は自社の従業員・スタッフがお客様のご要望を把握できていないだけである場合や、激怒の要因となるようなミスや不適切な言動をしている場合もあります。自社の瑕疵・過失に対し、少し強く指摘されたことに対して、慣れていない従業員・スタッフが過剰に怖がりカスハラだと思っている場合もあります。
もちろん、だからと言って暴力や暴言などのカスハラ行為は許されません。しかし、適切な判断のために一番大切なことは、事実関係やご要望を正しく把握することです。そのため、初期対応に注意し、判断を急がないように注意しましょう。
なお上記は、従業員・スタッフが感じたことが全くの無駄という訳ではありません。要望として明示されなくても、例えば、言動その他に対して強い恐怖を感じることがあったなら、それは社内でちゃんと共有すべきです。ただ、それらが事実関係やご要望と混ざってしまうと検討のポイントもズレるので、意見や推測などは、事実関係特別しましょう。
突発的に発生し、内容も多岐にわたるクレームの対応においては、判断基準を明確にし、マニュアルやトレーニングをしっかり準備しておかなければ、お客様から十分な情報をヒアリングすることは困難です。もしそれらの体制について、専門家に相談をご希望の場合は、下記までお気軽にご連絡頂ければ幸いです。
カスハラに該当するか否か組織として判断する
事実関係やご要望を把握したら、把握した内容がカスハラに該当するか否かを、組織として判断します。この時のポイントは、お客様が怒っている、怒鳴っている、などの外形的な基準で担当者が判断するのではなく、事実関係とご要望に基づいて、組織としての基準に基づいて組織として判断して行くことです。
カスハラについては、以前のコラムでも解説しましたが、東京都カスハラ防止条例では「暴行、脅迫その他の違法な行為」または「正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為」であり、就業環境を害するものと定められています。
また、上記のうち「不当な行為」については、厚生労働省の対策マニュアルが参考になり、「要求の内容が妥当性を欠く場合」の例として、以下の様に記載されています。
- 事業者の提供する商品・サービスに瑕疵・過失が認められない
- 申出の内容が、事業者の提供する商品・サービスの内容とは関係がない
組織としての判断基準は、上記のような公的な基準をベースに、業界特性や自社の事業環境などを加味した客観的な基準がある場合にはそれも加え、具体的な言動その他に落とし込んで行きます。また、単に基準を作るだけでなく、その基準に該当するか否かを判断するプロセスも定めることが重要です。例えば、一定のレベルに別けられるのであれば、軽微または明確な案件は現場のマネージャーが判断できるようにし、重度または複雑な案件は機関判断することにより、柔軟で精度の高い判断ができる可能性が高まります。
組織として回答を伝える
前段で正当なクレームと判断した場合は、誠実に対応し、再発防止に努めます。一方、カスハラと判断した場合は、対応可否その他を「社として慎重に検討しましたが」などの枕詞をつけることで“組織としての回答”として伝えます。そのように伝えることで、「お前では話しにならない」「上を出せ」としつこく食い下がられても、「私ではなく社としての回答です」「責任者も承認しておりますので、代わることはいたしかねます」など、毅然とお断りできます。また、“組織としての回答”を顧客DBなどに共有しておくことで、他の担当者や他部署に連絡が入ったとしても、同様の対応が可能になります。
ここでの注意点は以下の通りです。
細事にこだわらず、要望の中核に対して本質的な回答をする。
お怒りのお客様と対応する時は、色々なことを言われます。そういった中に明らかに間違ったことがあると、つい、主導権を握るため反論したくなることがあります。しかし、前述の通り悪質なクレームやカスハラの相手は建設的な解決を求めている訳ではなく、こちらをやり込めることが目的なので、反論は無意味です。そのため、細事にこだわらず、お客様の要望の中核に対する本質的な回答に集中します。
具体例として、見積り遅れに対する無償対応要求であれば、以下のようなイメージです。
- お客様:「なんですぐに報告に来ねぇーんだよ!?」
- 従業員:申し訳ありません(謝罪はするがいちいち説明はしない)。
- お客様:「しかもさっきの奴の態度、ありゃ一体どういう教育してるんだ!?」
- 従業員:対応が至らず申し訳ありません(謝罪はするがいちいち説明はしない)。
- お客様:「これで今更有償修理なんて納得できる訳ねぇーだろうが!」
- 従業員:対応の未熟さには返す言葉もございません。ただ、修理が有償となった理由は、あくまでも本体の開閉痕が契約上の補償対象外となるからです。
是々非々で対応する。
上記のように回答しても、「ふざけんな! だったらなんですぐにそう報告しないんだよ!?」など反論して来る場合があります。こういった反論が、自社にとって改善点を突いているのであれば、もちろん、改善が必要です。しかし、自社に改善点があったとしても、それと無関係な要望まで飲む必要はありません。基本的には「それはそれ、これはこれ」で対応します。
上記のケースであれば、「報告が遅れた点は申し訳ありません。この点は本人にも注意をし、業務面でも見直して行きます。」と伝えたうえで、補償の問題に戻るようなら「恐れ入りますが、報告の遅れと補償は別問題です」など明確に伝えます。
繰り返し伝える
筆者は、例えカスハラであっても、暴行、脅迫、業務妨害など深刻なケースは別ですが、不退去などの差し迫った危険の無い行為は、できるだけ警察沙汰にせず、自主的に退散してもらうのが望ましいと考えます。理由は、警察の対応は非常に時間がかかり、特に被害届を出す場合などはゆうに半日以上かかることも珍しくないからです。
忙しい現場から責任者クラスが半日以上も取られてしまえば、営業には深刻な悪影響です。そのため、可能であれば、相手がしつこく反論して来たとしても、上記のような対応を繰り返し伝え、自ら取り下げてもらうように促します。
ポイントは、相手に理解してもらうように説明を尽くすのではなく、組織としての結論を淡々と伝えることです。
前段で説明した通り、悪質クレームやカスハラにおける要求では、要求のゴリ押し自体や従業員を痛めつけることが理由になっていることが多いため、説明を尽くそうとすることは無意味です。しかし、相手の要求にいちいち反応せず中核部分に対し本質的な回答を繰り返していれば、周辺の細事を掘り返しても「要望の中核とは無関係」とされ、上司に代わるよう要求しても「組織の回答だから交代しない」と断られることになっていき、繰り返しているうちに、相手は次第に反論が困難になって行きます。
なお、それでもしつこく繰り返して来たとしたら、30分~1時間を目安に、次の対応に移ります。
逃げ道を提示し、お客様に選んでいただく
もし、ここまで対応してもまだ相手が退散してくれないのであれば、対応の行き詰まった時を見計らって打ち切りに入ります。具体的には、話しが堂々巡りになっている、相手が無言になる時間が増えた、多少は話しを聞く姿勢が見えるようになってきた、といったタイミングで、以下の様に切り出して行きます。
- 従業員:申し上げにくいことですが、当社では、お客様が契約外の無償修理を強く要求され、ここ1週間で3度も来店され、閉店時間を1時間以上過ぎても机を叩くなど激しくお怒りになられていたことを、カスタマーハラスメントだと判断しております。
- お客様:「自分達の報告が遅れたことを棚に上げてふざけんなよ馬鹿野郎!」
- 従業員:報告の遅れはお詫びします。しかし、当社は乱暴や暴言から従業員を守るため、カスハラと判断したら対応を止め、警察や弁護士に相談することとなっております。
- お客様:「お前らが遅れたから怒ってるだけだべ、勝手にカスハラ扱いすんなよ!」
- 従業員:お客様が今後、乱暴や暴言を止めると約束して下さり、無償修理など契約外の要望を取り下げて下さるなら、当社としても引き続き最善の対応をします。ただ、そうしていただけないのであれば、これ以上の対応はいたしかねます。一度、考えてみていただけないでしょうか?
また、対応を打ち切る際のポイント以下の通りです。
- カスハラと判断していることとその理由を明確に伝える
- これ以上カスハラを続けた場合の次のステップ(警察や弁護士など)を伝える
- 逃げ道を提示し、お客様に選んでいただく
真正面から「カスハラを止めろ」と言っても、振り上げた拳を下せなくなるばかりか、逆上して暴力を振るったり、逆恨みして粘着されたりする場合があります。そのため、本例のように最後に逃げ道を示し、お客様が自らそこに向かうように仕向けることが有効であり、逃げ道を選んだ相手は、経験上、同件でカスハラをされたことはありません。
対応を打ち切る
前段の対応で逃げ道を示してもカスハラを続ける場合は、「お引き取り下さい」などと明確に伝え、対応を打ち切ります。それでもなお、相手が居座る場合は、電話ならこちらから切断し、対面なら退去期限を伝えそれを超過するなら警備員や警察を呼びましょう。相手はまだ交渉を続けようと色々な要求をして来るかもしれませんが、これ以上は完全に時間の無駄なので、応じてはいけません。毅然とした態度で対応を打ち切りましょう。
なお当社では、対応を打ち切ったときには、具体的な事実とこれ以上の対応はできないことを文書で通知することをお勧めしています。具体例として、例えば上記の修理の例であれば、以下のような事実に基づいてカスハラと判断しているため、同件ではこれ以上対応ができないことを伝えます。
- 契約外の無償修理を強く要求された。
- 1週間で3度も来店され、閉店時間を1時間以上過ぎても机を叩くなど激しくお怒りになられた。
- 警察や弁護士にも相談している。
ポイントは、インターネット上に流布されても問題無いように、カスハラと判断した理由を具体的に記載することです。こういった文書で通知することにより、強い牽制になるとともに、もし再び同件でアクセスして来たとしても、いちいち対応せず「その件は過日お送りした文書が社としての最終回答であり、それ以上は対応いたしかねます」と打ち切ることが可能です。
文書で対応打ち切りや入店禁止を通知してもまだしつこくカスハラを繰り返して来る場合 一歩間違えば暴力沙汰となることも考えられるため、躊躇なく警察に相談し、可能なら被害届を提出しましょう。 (もちろん、この前段階でも、必要に応じ警察に相談します) |
まとめ
正当なクレームと対応を打ち切るようなカスハラの間は、明確な白と黒で分かれている訳ではなく、徐々にグレーが濃くなるグラデーションが続きます。そのため、どういったタイミングで何をするか、明確に決めておかなければ、正当なクレームをカスハラ扱いしてしまったり、反対に真っ黒なカスハラに際限なく苦しめられてしまったり、といったことになります。
本コラムを参考に、正当なクレームには誠実に対応しつつ、悪質なクレームやカスハラは毅然とした態度で打ち切れる運用を、構築いただければ幸いです。
なお、運用構築や研修についてのご相談は、下記までお気軽にご連絡下さい。